「うちの子は大丈夫」の前に知っておいていだたきたいこと
遠視なら、良く見えるんでしょ?
「3歳児健診で、遠視がありそうって言われたんです」
1歳過ぎから、確かに「あれ、眼が寄ってる?」って家でも思うことがありましたけど、いつもじゃないですし、そのままにしていたんですが、なんですかそれより遠視もありそうだとか言われちゃって。
Aちゃんのお母さんは、少し不服そうでした。
「でも本人はテレビもちゃんと見ていて、見づらい様子もありませんし。遠視って近視の反対でしょ。なら別に心配することありませんよね」「まぁ、健診で言われたから、一応診てもらった方がいいのかなって」
こうしたやり取りは、診察室では決して珍しくありません。そこで今回は、日常診療でよくみられる複数のケースをもとに構成した架空の事例、Aちゃんを想定して、特に子どもの眼科検査で使う3種類の目薬――ミドリン、サイプレジン、アトロピン――について、それぞれの働きと使い分けを説明してまいります。
遠視のために困ることは…

近視を心配するお母さんは多いのですが、遠視かもしれないとお伝えしても「遠視なら、近視の反対だし、見えすぎるくらい見えるってことだから大丈夫ね」そう思ってしまう方が少なくありません。なので、たいしたことないでしょ?と思う。
まず、ココから解説させてください。
まず、強い遠視の場合、眼球そのものには問題がないのに視力が育たない「弱視」の状態になる懸念があります。弱視とは、眼鏡をかけても十分な視力が得られない状態です。それを予防するためには「視覚の感受性期」といわれる幼少期に適切な眼鏡で補正し、ピントが合っている状態を眼に覚えさせる必要があります。でないと、将来大人になっても矯正視力が出ない状態になってしまう。そこで、まずは「眼鏡をかけさえすれば」見える状態を作る、そのために点眼薬を使用した検査をして、適切な眼鏡度数を計測するのです。
もう一つ遠視で困るのは、内斜視になりやすいことです。内斜視には、大きく分けると2つ、眼鏡をかけると、つまり遠視の矯正で目の位置が良くなるタイプと、眼鏡だけでは目の位置を揃えるのが難しいタイプの内斜視があります。なので治療方針を決めるため、内斜視がどちらのタイプなのか、あらかじめ鑑別診断しておく必要があるのです。
診察室にて

Aちゃんの検査結果をみた医師が、「眼の寄りと遠視の関係を詳しく調べたいので、アトロピンという目薬をご自宅で1週間点眼していただいてから、もう一度検査しましょう」とご説明すると、付き添いのおばあちゃんが、小さく首をかしげました。
「あら、お姉ちゃんの時にはその日の検査で、眼鏡はかけなくていいってなったはず……。そこまでしなくても、ねぇ?」
お母さんも、どこか不服そうです。
「さっきの検査でも、裸眼でかなり小さなものまで見えていたようですけど、それでも薬を使ってまで検査しなきゃダメですか?」
今回はAちゃんのようなケースを例に、子どもの眼の検査で使う3種類の目薬――ミドリン、サイプレジン、アトロピン――それぞれの働きと使い分けについて、保護者の方に本当に知っておいていただきたいことをお話しします。
3種類の点眼薬、それぞれの作用機序

お子さんの場合、ピントを調節しようとする力が大変強いので、正確な眼鏡の度数を決めるためには、目薬を使ってピント調節の機能を休ませてあげる必要があります。少し専門的な話になりますが、こうしたピント調節のため、眼球の内部には瞳孔括約筋、瞳孔散大筋、毛様体筋という3つの筋肉があり、これらの筋肉に指令を送るのが交感神経と副交感神経です。ものを見るためには、主として毛様体筋を使い、水晶体の厚みを調節してピントを合わせ、瞳孔括約筋で瞳孔を縮めることで絞りを調整しています。点眼薬で副交感神経に働きかけ、その経路を遮断することで、毛様体筋や瞳孔括約筋を一時的に休ませれば、調節力がとれて瞳孔も開くのです。
①ミドリンP(トロピカミド+フェニレフリン)は、
副交感神経を遮断するトロピカミドと、交感神経を刺激して散瞳を助けるフェニレフリンの合剤です(トロピカミドのみの点眼剤がミドリンM)。点眼から比較的早く効き始め、作用のピークは点眼後20〜60分、持続もおおむね数時間程度と短めです。ただ、お子さんでは元に戻ろうとする力が大人より強いため、当院では5分おきに3回点眼、1回目の点眼から1時間後に再検査としています。
②サイプレジン(シクロペントレート塩酸塩)は、
ミドリンと同じ副交感神経遮断のしくみですが、調節麻痺の効果がより期待できます。効果発現までに30〜40分ほどかかるため、当院では原則として、ミドリンと同じく5分おきに3回点眼し、1回目の点眼から1時間後以降に再検査しています。ピント合わせの力は多くの場合1日ほどで戻りますが、まぶしさや近くの見えにくさは2〜3日残ることがあります。刺激性がやや強く、点眼後にしみる感覚がより強く、泣き出すお子さんが多いのも、この薬の特徴の一つです。
③アトロピンは、
長い時間をかけ、調節麻痺にもしっかり作用していく目薬です。単回の点眼では十分な効果が得られないため、検査の1週間前から自宅で1日1回(または2回)など決められたスケジュールで点眼していただきます。効果が完全に消えるまでに約2〜3週間かかることもありますが、この「じっくり、しっかり調節を休ませる」という性質が、遠視の内斜視への影響を確認するために欠かせない理由なのです。
こうして並べると、ミドリンの作用は「数時間で、軽め」。瞳孔は開くものの調節力への関与は少なく、サイプレジンは「調節力への関与が期待でき、効果は2~3日」、アトロピンは「じっくり、しっかり調節力を休ませ、効果が数週間持続する」という3段階になっていることがわかります。検査で使う薬が変われば、ご家庭での過ごし方も変わってくるため、「どの薬を、何回点眼して、どのくらい時間をおくのか」を事前にお話しております。
これらの目薬で、何を調べるのか

Aちゃんの場合、「目が寄って見える」という指摘と「遠視」という言葉が同時に出てきました。実はこの組み合わせは「調節性内斜視」という病態を強く疑わせるものです。遠視の強い子どもは、ものを見るときにピントを合わせようと強くがんばる必要があり、そのがんばり(調節)に連動して眼が内側に寄ってしまうことがあります。なので、眼が寄るという現象が、純粋に遠視のみを原因とするものなのかを見極めるために、まず「ピントを合わせる力」そのものを一時的に止めた状態で、本当の遠視度数と眼の位置を確認する必要があるのです。
また、検査の目的によって、選ばれる目薬変わります。なぜなら、検査で知りたい情報の深さが違うからです。
①眼底の状態だけを確認したい場合に用いられます。未熟児網膜症の定期検査や、外傷による眼内への影響を確認するためであれば、瞳孔さえ広がれば眼の奥が見えるので、作用時間が短い(点眼後の回復時間が速い)と言う意味で、ミドリンが選ばれます。
②さらに屈折検査(調節麻痺下での屈折検査)が必要な場合は、サイプレジンまたはアトロピンを用います。子どもは、ピントを合わせようとする調節力が大人よりはるかに強いため、調節の力をしっかり止めないと本来の屈折度数(遠視・近視・乱視の程度)が測れません。
遠視のあるお子さんには、弱視化の懸念があり、内斜視の関与も疑われるため、こうした点眼薬を用いての検査はほぼ必須ですが、近視の場合はこうした弱視化 (眼鏡をかけても視力が出ない)のリスクは極端に少ないため、屈折度数をどこまで正確に知る必要があるのかは、ケースバイケースで医師が判断します。
③なお、遠視遠視に加えて内斜視がある場合は、たとえわずかな角度であっても、サイプレジンではなくアトロピンでの評価が必要です。なぜなら、遠視に影響されて斜視になっているのか、遠視がなかったとしても内斜視なのかを判別する必要があり、Aちゃんのようなケースがまさにこれにあたります。
散瞳薬の副作用について

瞳孔が広がった状態は、検査目的には必要でも、日常生活からすればまぎれもなく副作用です。まぶしさを強く感じるため、晴れた日に外へ出たがらなくなったり、目を細めて不機嫌になったりすることがあります。また調節麻痺によって近くのものにピントが合わせにくくなるため、絵本を読んだり、細かいおもちゃで遊んだりするのが一時的に難しくなります。「なんだか機嫌が悪い」「絵本を広げても集中できない」といった変化も、この副作用のひとつとして起こり得ます。
また、頻度は高くありませんが、アトロピンは乳幼児で全身性の副作用として顔の紅潮、頻脈、発熱、口の渇きなどが報告されており、特に全身への影響が出やすいとされています。これを避けるために、点眼後に涙点(目頭の小さな穴)を軽く押さえていただくと、涙道を通じた全身への吸収を減らせるため、現場でもよくお願いしています。それでも、副作用と思われる症状がみられた場合には、自己判断で点眼を続けず、処方した医療機関へご連絡ください。なお、ぐったりしているなど明らかに様子がおかしい場合には、点眼を中止し、速やかに医療機関へご相談ください。
また副作用が出たとしても、それまで数日でも点せていれば、そこまでの状態で検査いたしますので予約外でもご受診をお願いいたします。
なお、サイプレジンの副作用については、眠気、一時的な幻覚、ふらつき、落ち着かなくなるなどの全身症状が添付文書に挙げられています。
先に挙げたどの目薬を使用する場合にも、検査当日は瞳孔が開いた状態で帰宅することになりますので、まぶしさに備えてサングラスや帽子をご用意ください。太陽光の強い日は特に、外出時間はできるだけ短くしていただくと過ごしやすいです。近くのものが見えにくくなるため、階段や段差では転ばないようご注意ください。可能であれば、学校行事や習い事のある日は避け、帰宅後は自宅でゆっくり過ごせる日程を選んでいただくようお勧めしています。
「うちの子は大丈夫」の前に、立ち止まっていただきたいこと

「お姉ちゃんの時は問題なかったから、きっとこの子も」と言うおばあちゃんの一言には、正直、複雑な気持ちになりました。Aちゃんのお母さんである娘さんを安心させたい、その一心からの言葉だとは思います。
けれど、同じ「内斜視」や「遠視」でも、遠視の度数、発症時期、視力の左右差、立体視など両眼視機能の育ち具合によって、原因も程度も進み方も、お子さん一人ひとり違います。お姉ちゃんが経過観察で済んだとしても、Aちゃんがどうなのかは、検査をして数値で確かめてみないと分かりません。「姉が眼鏡にならなかったから、この子も大丈夫」という理屈は、残念ながら成り立たないのです。
SNSや周囲の体験談は、お子さんとの接し方や園との連携、親としての気持ちの持ち方などには、参考になることも多いでしょう。ただ、治療方針は数値や症状によって違って当然ですので、ご相談ごとはネットではなく、ぜひ担当医にお寄せください。「なぜこの検査が必要なのか」「この目薬でなければいけないのか」。そうした疑問は、担当医も、検査を担当する私たちも、できる限り丁寧にお答えします。ただ、「この検査は必要ありません」と、ご家庭で結論まで出してしまわないでほしいのです。目薬が必要なのか、どの目薬を選ぶべきか、その結果どんな治療方針を採用するのか、を判断するために、私たちは検査をしています。アトロピンをお願いするのも、副作用を承知のうえで、それでも必要だと判断しているからです。
ご家族の不安と、私たちの専門的な判断。その両方を持ち寄って、お子さんにとって何が必要かを一緒に考えていけたらと思います。おばあちゃんの言葉も、根っこにあるのは「この子を思う気持ち」です。その気持ちを否定せず、けれど検査の必要性はきちんとお伝えする。散瞳薬という、見え方を一時的に変えてしまう薬を使うかこそ、納得して検査に臨んでいただくことが、私たち視能訓練士の大切な仕事だと感じています。

40代 視能訓練士歴:約20年
趣味は料理とピアノと読書
小児眼科、斜視についての学びを深めたく、勤務しております。







