先日の世界大会、氷上を舞う日本人選手の神々しいまでの演技に、日本中が熱狂に包まれましたね。私たち視能訓練士も一人のファンとして胸を熱くしていますが、職業柄、選手の「眼」の動きや視線の方向に注目してしまいます。最近ではSNS等でもアスリートの視線への関心が高まっているようですが、中には心ない言葉が見受けられることもあります。 そこで、斜視専門クリニックの立場から、内斜視という状態が「見え方」や「能力」にどう影響するのか、正しくお伝えしたいと思います。
「内斜視」とはどんな病態か
斜視には大きく分けて、内斜視、外斜視、上下斜視などがありますが、それぞれの病態が密接に関連し、複数の病態を併せ持っている方も多いです。今回はその中でも特に「内斜視」について考えてみましょう。
偽内斜視という概念
内斜視とは、片方の眼が目標を向いているとき、もう片方の眼が内側を向いている状態を指します。それが、近方視で起こる「より目」とは根本的に違うところです。
また、鏡を見ていて自分が斜視ではないかと心配して受診される方や、生後間もない赤ちゃんを「斜視ではないか」と気にして受診されるお母さんも少なくありません。
ですが鼻根部(眉間の辺り)が低い顔立ちで、上瞼が鼻側の白目を覆ってしまっているために、あたかも眼が寄って見える場合もあり、これは本来の斜視と区別して「偽内斜視」と呼んでいます。斜視に見えても眼科的には斜視でない、両眼の視線が真っすぐ対象を見ている方もあることを覚えていただきたいと思います。

内斜視の種類と治療について
特に幼少期からの内斜視には、遠視に起因する場合が少なくないため、眼鏡を掛けて内斜視がなくなるか、大きく減ってくるかどうかを経過観察します。
また、後天性(大人になってから)に突然内斜視が起こる場合には、複視(2つに見える)という自覚症状が起こるので、そうした場合は脳内病変に起因するものでないかを真っ先にクリアにする必要が出てきます。
そこで問題がなかった場合には、急激な症状が落ち着いた状態で、残った複視や、複視を自力で1つに見ようとして起こる眼精疲労について、治療を行うことになります。
| 内斜視の種類 | 主な原因・特徴 | 治療のポイント |
| 先天性内斜視(乳児) | 生後間もなく発症 | 手術が必要になることが多い |
| 調節性(遠視)内斜視 | 強い遠視を補おうとして目が寄る | 眼鏡装用が基本 |
| 後天性(大人)内斜視 | 近くの見過ぎや、脳疾患や神経のトラブルなど | まずは原因疾患の特定が最優先 |
複視(ダブり)を伴わない内斜視の見え方
では、内斜視の方は実際にどんな見え方をしているのでしょう。
内斜視の方は、どちらか片方の眼で対象を真っすぐ捉えています。そのため、近方視をするために両眼を寄せる「寄り目」とは根本的に異なります。 お子さんの場合、まずは「どちらの眼が寄りやすいか」「遠視が隠れていないか」を詳しく調べます。
特に遠視が原因の場合、眼鏡をかけることが治療の第一歩となります。そして、斜視になる方の眼がどちらか片方の場合は、まずはどちらの眼でも真っすぐに見ることができるように、眼鏡装用をして矯正した状態で見え方の左右差をなくし、左右どちらの眼でも真っすぐに見えるよう治療します。
斜視があると、まずは両眼視機能の発達を心配してしまいがちですが、斜視は、裸眼での視力に左右差がある場合のサインであること少なくないため、特にお子さんの場合は、眼鏡をかけた矯正視力での見え方に左右差が無くなることが、斜視治療の前提になります。眼鏡を装用しただけで目の位置が揃い、両眼視ができてくることもあるので、まず眼鏡と言われるのです。
また、中学生位になると、スポーツをする等の理由から「眼鏡をかけたくない」「コンタクトレンズにしたい」という要望があがります。ですが、眼鏡をかけた状態で目の位置が揃っていても、なぜかコンタクトレンズでは目の位置をコントロールしにくくなることがあり、こうした場合には両眼視の観点から、できるだけ目の位置を揃える方が望ましいため、眼鏡の装用をお勧めしています。

両眼視と立体視のメカニズム
斜視の場合は、その外見上の特徴だけでなく、眼科的には「両眼視」という機能にも着目します。
専門的な話になりますが、両眼視と一口に言うばあい、以下の三つの段階に分かれます。
- 同時視: 左右の眼で見た情報を同時に認識する力。
- 融像:左右の目で見た情報の位置ずれを一つの像として合体させること。
- 立体視: その結果として、物の奥行きやスピード感を正確に掴む力。
- 両眼視:上の3つの機能をまとめた総合的な表現。目のチームワークという意味で使用します。
つまり複視があるなら、上記のうち(融像は難しいけれど)同時視はできているので、両眼視があります。ですが、斜視が先天性の場合には、効き目でない方の像を脳が打ち消して複視が起きないようにする適応現象(抑制)が起きるので、二つに見えるという不自由さがない代わりに、両眼視が育ちにくくなる……ということが起こります。なので、日常生活が差し支えなく送れる反面、立体視を得ることは苦手になることが多くなります。
立体感を得るには、両眼の視力が揃い、なおかつ両眼の視線が揃っていることが必要条件になりますが、しかし、ここが人間の脳の不思議で素晴らしいところ。脳には「代償機能(だいしょうきのう)」という、足りない部分を他で補う力が備わっています。
なので、斜視のためにそうした両眼視機能が弱く、立体的に見ることが難しい方はどうしているかというと、脳の代償機能や経験則が働いて、階段を下りるにも、ボール投げをするにも、周囲の大人たちが心配するほど、特別に何かができない、見づらいといった苦労はしていないのです。

内斜視の場合の視野について
内斜視があると、斜視眼の像を消してしまう脳の適応現象(抑制)が起こるため、二つに見えないというお話をしましたが、斜視の人が真っすぐに見ている方の眼しか使用していないとすれば、内斜視の場合は視野が狭くなってしまうのでしょうか。
答えはノーです。確かに斜視になっている方の眼は複視にならないように脳が「抑制」してしまいますが、左右の矯正視力を眼鏡を装用するなどして同等に整えておくことで、どちらの眼も使えるようになります。ですから「固視交代」ができるというのですが、どちらの眼でも真っすぐ見られるよう治療している場合には、使う目を脳内で素速くスイッチすることで、片方ずつで見ながらも通常の広さの視野で見えていると考えられるのです。

アスリートが「不利」を跳ね返せる理由
では、なぜ内斜視であっても、両眼視をカバーでき、トップにもなれるのかについてお話します。
- 周辺視野の活用: 中心で捉える力だけでなく、景色全体の動きを察知する能力が人一倍発達している可能性があること。
- 感覚の鋭敏化: 視覚情報だけに頼らず、風の抵抗、氷の感触、身体の軸、聴覚などを総動員して「空間」を把握できていること。
- 脳内補正: 幼少期からの見え方に脳が適応し、彼らなりの「立体感」を経験的に学習していること。
そうしたことで、たとえ内斜視があったとしても、それがイコール能力の欠如とはならないのです。
それでももちろん、テニスや野球、射撃など、ボールや球が小さくて動きも速い場合、斜視があることがプロになろうとすればハンデかも知れません。ですが、陸上競技や相撲などの格闘技、ダンスなどハンデがほとんどないと思われる種目も多いです。

むすび:視能訓練士から未来のスターたちへ
ネット上では、視線の向きを「見た目の違和感」として語る声もあります。
しかし、その眼は過酷な練習に耐え、コンマ数秒の世界を戦い抜いてきた「勝利の眼」です。身体的な特徴を揶揄することは、その人の努力や歩んできた軌跡を否定することに他なりません。アスリートにとって、また他の何かを目指す方々にとって、視線の先には夢や目標がはっきり見えているのです。
最後に、改めて申し上げます。
もし、お子さんの斜視で悩んでいる親御さんがいれば、どうか希望を持って、お子さんの視線の先に見えている世界を応援してあげてください。斜視があることは、その子の可能性を閉ざす理由にはなりません。 大切なのは、正しく状態を把握し、その子にとって最適な『見え方の質』を整えてあげること。私たちはそのパートナーとして、いつでもここにいます!


40代 視能訓練士歴:約20年
趣味は料理とピアノと読書
小児眼科、斜視についての学びを深めたく、勤務しております。









